プロテイン+味の素スタック


合法的に麻薬みたいに気持ちよくなる方法
 2008-08-23
合法的に気持ちよくなれるレシピを紹介します
 ・プロテイン
 ・味の素
 ・油
 ・砂糖
これらをシェーカーでシェークし、エゾウコギと一緒に飲む。
これでBエンドルフィンでまくりです。

Bエンドルフィンに関する記事はこちら

796 :ビタミン774mg:2008/08/19(火) 22:54:26 ID:???
あと関係ないけど、ホエイプロテインの中に
グルタミン酸スプーン1~2杯とラード油小さじ1杯~2杯(なければサラダ油)を入れて
砂糖を入れてから水でシェイクして飲むと、1時間くらいして
自分がどこにいるのかわからなくなるくらい気持ちよくなれるので、
プロテイン買ったら是非やってみて欲しい

802 :ビタミン774mg:2008/08/20(水) 03:18:56 ID:7ffTIWYP
»796 
まじっすか?
どうゆう麻薬ですか(w
逮捕されそ。

809 :ビタミン774mg:2008/08/20(水) 16:10:55 ID:???
»802 
詳しいプロセスはわからないけど、βエンドルフィンが最も出る食物が油と砂糖とダシらしくて、
おそらく、吸収の早いホエイと一緒にダシの旨み成分のグルタミンと油を摂取する事で、
一気に気持ちよくなれるんだと思われ
あとエネスレ住人曰く、マッサージの前とかセックスの前に油と糖分をたくさん摂取すると、
それだけで過呼吸酸欠を利用しなくても、尿意の不快感だけを利用してオーガズムに入れるんだそうな

http://www.nttcom.co.jp/comzine/no015/wise/
四つ目は、「薬理学的なおいしさ」とでも言いましょうか。世の中には、無茶苦茶おいしいものが3つあります。
それが「油」と「砂糖」と「だし」。「病みつきになる」つまり「中毒になる」ものは、全てこの3つからできています。
例えば、砂糖と油が一緒になるとケーキ。油とだしが一緒になるとラーメン。

エンドルフィンが出れば、それだけ睡眠を促すセロトニンの分泌が促進されるのだから、
寝る前にヨーグルトや牛乳を飲めば、深い睡眠と疲労改善を得られるはず
セロトニン材料のトリプトファンは、乳製品やホエイの中にたくさん入ってるし、
エンドルフィン活性アミノ酸のDLPAも、ホエイの中に入ってるよ

ホエイプロテインは睡眠改善に役立つ
http://wheyprotein.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_f0fd.html

816 :ビタミン774mg:2008/08/20(水) 21:49:03 ID:???
»796 
ホエイプロテインは一回に何g使うの?



818 :ビタミン774mg:2008/08/20(水) 22:57:33 ID:7ffTIWYP
»809 
おいおい、809が言っていることは本当だったぞ。
さっき、809が言ってるスタックでプロテインを補給して、夜のドライブに出たら
ちょっとばかりトリップしてしまった。やたらに光が綺麗に見えた。

このスタックは広めてゆくべきだよ。救われる人がいっぱい出ると思う。

819 :ビタミン774mg:2008/08/20(水) 23:20:50 ID:???
»818 
味の素買ってこいって事か?w

820 :ビタミン774mg:2008/08/20(水) 23:22:45 ID:???
»816 
トレやってる人はだいたい付属のスプーンで1杯分を目安に摂るよ
人間が1度に吸収出来るタンパク質量は25~30g(トレーナーによっては40gとも50gとも)と言われてて、
チャンピオンやオプチマムのメジャーな会社のホエイプロテインは、1スプーンで30.6gに設定されてる
540プロテインで1スプーンおよそ24g(去年計った)

827 :ビタミン774mg:2008/08/21(木) 12:27:11 ID:I5MbsBrW
プロテインの味の素スタックは最強

841 :ビタミン774mg:2008/08/23(土) 07:12:26 ID:cJDEWI78
味の素スタックを教えてくれた人ありがとうー。

ホエイプロテインと味の素のスタックで毎日快適に過ごせるようになりました。
もちろんラードと糖分も同時に採っています。

切れてくる頃に再び入れるか、コルチゾール消しのサプリを入れると良いみたいです。

耐性が怖い気がしますが、アミノ酸は食べ物なのだし、それほどないきがしています。

844 :ビタミン774mg:2008/08/23(土) 16:35:40 ID:aeXOtu1d
味の素スタック、油と砂糖が体に悪そうで連用はきつそうだな。
これをもっと健康なレシピにできないものか
 ・ラード油→亜麻仁油、魚油
 ・加えてβエンドルフィン増加の効果があるエゾウコギを加えてみるとか

今日、行きつけのお店で同じ店の常連さんに「絵画展になんで絵を見に行くかわからない」と言われました。

曰く、「写真で見たって、ネットで見たって一緒じゃないか。ましてや、それを高い金出して買うなんて、本当にわからない。その辺、絵画好きな人に聞いてみたいので教えてほしい」というわけです。

別に絵画大好きということもないし、絵画を購入したこともない私になんで聞くのかよくわからなかったのですが、相手もまだ若い方だし、あまり真剣に聞くもので、私も真面目に答えたものです。

「絵画には筆致(タッチ)というものがある。長い時間をかけて画家が描き、またそれ以上に長い時間をかけて今に伝わる絵画はまさに生き物。写真では、その生きザマがよく見えない。絵画を見るなら写真で充分だが、絵画を感じようと思えば、やはり生で鑑賞したい。それと、絵画は時の経過と共に価値の下がらない稀な投資物件でもある。所有するステータスと共に、ノブレスオブリージュの意識の高い欧米では、富裕層が絵画を所有し守ることが文化財保護の仕組みにもなっている」というような説明をしました。

一通り説明したはずですが、相手の方は納得しません。

「見ることと満足を感じることは手段と結果で同じ線上だ。絵を見て満足するなら、それがコピーでもいいはずだ。投資というなら、もっといい投資がある。文化財保護っていうが、結局は物欲の結果であって奇麗事だ。やっぱり絵画の現物をありがたがる気持ちがわからない。言葉は悪いが、スノップの言い訳としか思えない」と食い下がります。

私もどこかでおかしいなと思いながら、返答します。

「現実に本物を見ればわかるが、現物と写真とではまったく色の深みが違う。理屈にはしにくいが、存在感と言ってもいい。投資というのは目利きが大切だから、絵が好きな人が絵画を投資の対象にするのは極めて安全な選択でもある。金の使い道を持て余す富裕層の所有欲を利用することで文化財が保護できるシステムは実利的だ。それがどのような動機であれ、現実に絵画は人々にありがたがられる存在に違いない」と説明しつつ、だんだん私が絵画愛好家の代弁者になっていくさまに、いささかアホらしさを感じました。

結局、アホらしいと思った私の方から、「あなたが絵画の価値に納得していなくとも、絵画に価値があることに変わりがない。あなたがわからない価値だからといって、価値がないわけではない。ただ、あなたが価値を見つけられないだけかもしれない。だから、わからないと思う価値に出会ったら、人に聞く前になにがいいのか価値を探してみたらいいと思う。あなたがわからない価値であっても、他の人には大切なものかもしれないので、くれぐれもそれを踏みつけにしないように」と話を切り上げました。

相手の彼は、それでも「私を納得させられない程度の価値に、絶対的な価値があるとは言えない。誰かの価値観を踏みつけにしているつもりはない。ただ、私は私にわからないものが存在したままなのが嫌いだ。そう言わずぜひこのまま議論してほしい」とがんばっていました。もう充分彼の質問の意図が見えた後でしたので、私はそれ以上その話題には乗りませんでした。

こうなっては、「わからないと言う以上は、わかりようがない」

それが彼へのただひとつの答えだと思ったのです。

結局、彼の質問は「○○がわからないから教えてほしい」と言いながら、「○○をありがたがるなんて、気が知れない」と言いたいだけなのでしょう。

「教えてくれ」と言いながら、すでに「んなもん気が知れんわ」という答えは心の中に確固として存在しているのです。ですから、聞かれた方がいくら言葉を尽くして説明しても「なるほど!」という答えが返るはずがありません。

それは、「議論しよう」と持ちかけながら、その実は論争を楽しもうとする姿なのです。

相手が自身の価値観に揺らぎを見せれば、折伏した勝利者としての自らに満足し、相手が言いよどめば、相手に無知の知を知らしめた自らに満足し、相手が激すれば、なお冷静な論理を紡ぐ自らに満足し、相手が降りれば、ゆるぎなき鉄の価値観を持つ自らに満足するというわけです。テーゼとアンチテーゼから昇華したなにかを得ようとする姿を借りながら、相手の答えが曲がらないかぎりは自らの答えをけして曲げる気がない、堂々巡りの価値観の剣闘です。

そんなことを思いながら、「わからない。なぜ?」と聞く前に、本当に自分にその答えを聞く気があるのか、そこを自問自答したいものだとじっと手を見ました。

具体的に話題にした彼には申し訳ないのですが、今年に入ってそういう問答が何度も私の身に降りかかったもので、いい機会と記事にしました。

「いい大人が、アニメやゲームやフィギュアになぜあんなに熱中するものか、わからない」というような、理性の皮を被ったオタク叩きの記事を見るにつけ、私は思います。

「本当はわかってるくせに。そんなことわかりたくもないと思ってるってこと」

“死んだら灰を立方体に圧縮してサイコロに加工してもらって、なにかに迷ったら、俺の意見だと思ってそれを振ってほしい。”

開高健の言葉を思い出す。


「一旦知ってしまえば、知らなかった時には戻れない。
本にせよ、スーツにせよ、シガーにせよ、酒にせよ、
別に知らなくても生きてはいける。
でも知ってしまえば、それなしの人生など耐え難くなる。
つまり知識や経験は人生に悲しみも もたらす。
より多くを、より良きものを、よりスリリングなことを
知ってしまったがために、当たり前の日常に感動できなくなる。
それでも、知らない平穏よりも知る悲しみのある人生の方が高級だ。」

本を沢山読むと、語彙が増える。

そして本を読んでいないときの人生が豊かになる。

よく多くの遊びを知り、より深い味わいを知り、より楽しく人生を過ごすことが出来る。

別にそれを仕事に生かす必要はぜんぜんない。本はそれを読む快感を経験することそれそれものが大事なのだ。

日本人はとても人目を気にする。
しかし、そんな必要は全くないのだ。
なぜなら、誰もあなたのことなど気にしていないからだ。

かなり昔の竹村健一さんの本に、「あなたがチンドン屋みたいな格好してたって、他人は大して気にしないものだ」と書かれていたが、現在では、さらにそうなのである。
ところが、おかしなことに、人目を気にすることに関しては、昔よりずっと強くなっているのである。
つまり、誰も気にしていないに関わらず、人々は他人の目にひどく敏感なわけである。
滑稽な話である。

これはどういう訳かというと、人々が自分にしか関心を持たなくなっているのである。
自分への関心が強いのは幼稚な人間だ。つまり、我々は、ますます幼児化しているのである。
愚かにも、自分のことが頭から離れないのだ。
自分の見栄え、持ち物、評価・・・・そんなことが気になって仕方がない。
だが、あなたが世界一の愚か者だと思われていようと、そんなこと、誰も知ったことではないのである。

だが、自分は関心を持たれていると感じられることもあるかもしれない。
それは、誰かが、あなたに対し、自分に関心を持ってくれる人間として関心を持っているというだけのことだ。それは、確かに物凄く強いものだ。
しかし、あなた自体に関心がある訳ではないのだ。

たとえば藤子・F・不二雄は、次のような言葉を残しているという:


よく「漫画家になりたいなら漫画以外の遊びや恋愛に興じろ」だとか「人並の人生経験に乏しい人は物書きには向いていない」だとか言われますが、私の持っている漫画観は全く逆です。
人はゼロからストーリーを作ろうとする時に「思い出の冷蔵庫」を開けてしまう。自分が人生で経験して、「冷蔵保存」しているものを漫画として消化しようとするのです。
それを由(よし)とする人もいますが、私はそれを創造行為の終着駅だと考えています。家の冷蔵庫を開けてご覧なさい。ロブスターがありますか?多種多様なハーブ類がありますか? 近所のスーパーで買ってきた肉、野菜、チーズ、牛乳・・・どの家の冷蔵庫も然して変わりません。
多くの『人並に人生を送った漫画家達』は「でも、折角あるんだし勿体無い・・・」とそれらの食材で賄おうします。思い出を引っ張り出して出来上がった料理は大抵がありふれた学校生活を舞台にした料理です。
しかし、退屈で鬱積した人生を送ってきた漫画家は違う。
人生経験自体が希薄で記憶を掘り出してもネタが無い。思い出の冷蔵庫に何も入ってない。必然的に他所から食材を仕入れてくる羽目になる。漫画制作でいうなら「資料収集/取材」ですね。全てはそこから始まる。
その気になればロブスターどころじゃなく、世界各国を回って食材を仕入れる事も出来る。つまり、漫画を体験ではなく緻密な取材に基づいて描こうとする。ここから可能性は無限に広がるのです。
私はそういう人が描いた漫画を支持したい。卒なくこなす「人間優等生」よりも、殻に閉じこもってる落ちこぼれの漫画を読みたい。